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六本木『trap』伝説 (その3)


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(c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)

 

さて、飲み友T君と足しげく通った『trap』ですが、その開店には意外な人物が関わっていました。

杉氏が著書『六本木水脈』の中で明かしています。

 

「『トラップ』は中江滋樹さんに保証人になってもらいました。中江さんは実は私の母校・彦根東高校の後輩で、保釈中に赤坂の『ペペルモコ』によく来ていました」(「六本木水脈」より)

 

中江滋樹──。つい先日、葛飾区内の安アパートで焼死していたことが報じられて話題になったのをご記憶の方も多いかと思います。80年代に「投資ジャーナル」を主宰し〝兜町の風雲児〟と呼ばれた人物です。85年に詐欺罪で逮捕され、数年間服役したのちに出所、この当時は麻布十番に事務所を構えて仕手戦などに手を出していたようです。

 

汚めのロン毛、髭面で巨躯という独特の風貌といえばオウムの麻原彰晃の専売特許ですが、こちらのほうが元祖です。

 

80年代の人気アイドルだった倉田まり子は彼との関係を報じられたおかげで芸能人生命を断たれました。

 

まあ、そんな怪人物も関わっていた怪しい物件だったんですね。店の儲けは中江氏と折半だったと杉氏は綴っています。しばらくはうまくやっていたようですが、やがて綻びが出てくるのです。

 

「五月の連休に入る前、四月三〇日に中江さんの事務所に行くとドアに『五月一〇日までお休み致します』と書いてあったのでそのまま帰って来ました。しかしそれ以来、中江さんは消息不明になるのです。それからが大変です。『ペペルモコ』を新しく展開しようと思っていましたから、その準備金として二〇〇〇万円、また印鑑や通帳も中江さんに預けておいたのです」(同前)

 

どうも気まずい相手も含めて膨大な借金を抱えていたようで、その後、中江氏はしばらくの間消息不明となります。「埋められた」「沈められた」説も囁かれます。

 

 

中江氏の失踪が直接お店の経営に響いたわけではありませんが、とばっちりを受けることは避けられなかったようです。

 

「中江さんの消息が分からなくなってから面倒な問題が降りかかってきました。『trap』の入っていたビルの持ち主が不動産で手を広げ過ぎて、ビルが差し押さえられ競売にかけられることになったのです」

 

競売で新たにビルの持ち主となったのは、その筋の大親分だったそうです。家主が代わったことでこの時期かなりすったもんだあったみたいで、警察沙汰になったこともあったようです。

 

具体的な記憶は僕にはありませんが、行っても店が閉まっているときがしばしばあったような気がします。

 

結局、ビルオーナーと話し合いの末、『trap』は移転することになります。

場所は六本木通りを越えて東京タワー側に移りました。

 

移転してからも僕は何回か行っていますが、雰囲気ががらっと変わってしまいました。

以前ほどはっちゃけた雰囲気がないというか、それほど楽しくなかったんですよね。

料金ばかりが高いイメージで少しずつ足が遠のいていきました。

お店自体もかつての勢いはなかったみたいです。

 

「最初に防衛庁正門前で始めた『trap』のお客さんのうち、六割か七割は場所を移って営業した新しい店にも来てくれました。よっぽど前の店のインパクトが強烈だったらしく、お客さんはやがて離れていきます。『trap』は前の『trap』のイメージに負けたのです」(同前)

 

その後、3年ほど『trap』は営業していたようですが、3.11で外国人客が激減したのをきっかけに閉店したそうです。

 

このあたりのことはまったく知りませんでした。

 

この頃、T君が職場を辞めて六本木でクラブを始めたという事情もあります。

僕もそれにちょっとだけ巻き込まれてひどい目に遭うんですが、その話はまたの機会にw