『タイ買春読本』研究の最終章は「『タイ買春読本』抗議の一部始終」です。
実は本稿を書くにあたり、僕は本書を3冊入手しました。
94年に出版された初版、95年に増刷されたときの改訂版、また、さらにその後増刷されたと思われる版(95年印刷、と書かれています)の3バージョンです。
これは本書が出版直後に抗議を受けて内容を大幅に改訂したと聞いていたため、どのように改訂されたのか確認してみたかったからです。
すると、意外なことが判明しました。それに関しては後述します。
まずは「改訂版」の巻末に収録されている「『タイ買春読本』抗議の一部始終」についてざっとふれていきたいと思います。
本稿はあくまで『タイ買春読本』筆者サイドからの視点で一連の騒動をまとめるものであることを前提としてお読み下さい。
抗議団体側からも「『タイ買春読本』抗議・裁判の記録」という本が出ているので、興味がある方はそちらもごらん下さい。
『タイ買春読本』が全国一斉発売となった94年9月から約2か月後、出版元のデータハウスに「タイ女性の友」のメンバーだと名乗る女性から、著者と会って話し合いをしたいという申し入れがあったそうです。
約束当日、データハウスを訪れたのは「タイ女性の友」「キリスト教婦人矯風会」「女性の家HELP」を名乗る7名。一行から手渡された抗議文は次ような内容でした。
貴社が発行している『タイ買春読本』について、私たちは大きなショックと疑問、そして怒りを感じています。
私たちは、日本において男性への性的サービスを強いられているタイ人女性たちの救援およびサポート活動をしているグループです。近年、日本の性産業では数万人のタイ人女性が働いていますが、彼女たちの多くは、タイ人および日本人のブローカーの手で値段をつけられ日本国内に送り込まれたものです。
(略)
つまり、形態はどうであれ、日本人男性はアジアの女性を買い続けているわけです。そこには、女性は男性に性的奉仕をするもの、なかでもアジアの女性はお金や力でどうにでもなるという思いあがった意識があり、現在論議されている従軍慰安婦の問題と共通の認識ではないかと思います。貴社の『タイ買春読本』が依然として日本人男性がアジアの女性を性の対象物として金で買うという行為を正当化していることに大きな怒りを感じます。以下に本書の内容についての疑問をあげます。
1、まえがきにおいて「本書は取材体験報告書である」と書いていますが、英字タイトル「THAILAND NIGHTZONE GUIDEBOOK」とあるように買春できる場所の地図、料金等々が解説されており、買春を奨励するものとなっている。
2、本書で掲載されているタイ人女性の写真は本人の諒解をとったものなのか。
3、タイ国内でHIV感染者の数は高く、深刻な問題になっているにもかかわらず、本書では不特定多数と性行為をしても感染しなかった、という誤解を与えかねない。HIVに対してどのような認識を持っているか。
以上の質問について私たちとの話し合いの場において、あるいは文書により回答されることを望みます。
(略)また、タイを買春天国としてしか表現していない本書は、タイ人女性は日本人男性に性的サービスを行うために存在しているかのごとき印象を与え、タイ国およびタイ人の誇りを深く傷つけるものであり、タイ人を友人として持つ日本人として看過できません。
貴社が出版社としての良識にのっとり、『タイ買春読本』を速やかに店頭から回収することを強く申し入れます。さらに今後もこのような出版物を一切発行しないように要望します。
1994年11月18日
アジア女たちの会・タイ女性の友
長文につき、かなり端折っておりますが、おおむね雰囲気は感じてもらえるかと思います。
時代背景として従軍慰安婦問題が取り上げられつつあった時期です。
〝買春ツアー〟が叩かれたのはこれより10年ほど前のことで、この頃の背景としては外国人労働者の問題と従軍慰安婦問題のほうが影響していそうです。
申し入れ書をめぐって団体側と行われた話の中で、まず争点となったのは「本書は買春のガイドブックに他ならない」という団体側の主張でした。
出版社サイドは「あくまで実体験に基づくルポルタージュである」と反論、議論は平行線をたどります。
しかし、たしかに初版の表紙には「THAILAND NIGHTZONE GUIDEBOOK」と入っているので、言い訳しづらいところではあります(画像参照)。
また、話し合いの中で団体側が「脅すわけじゃないけれども」と断ったうえで「タイ国内での売買春は違法であり、著者は再度タイを訪れれば入国次第逮捕される」「日本の警視庁にも届け出るので近日中に警察から連絡があるだろう」また「在日タイ大使館から抗議があるだろう」とも。
さらに「この本はタイを著しく恥辱している。そしてタイ人の誇りを傷つけている。タイにはわずか5万円で人殺しを請け負う人もいる」という警告まで頂戴したそうです。脅しとるやん。
話し合いは結局平行線のまま、後日に結論を持ち越すことになりました。
しかし、これはまだ序の口に過ぎませんでした。
年が明けて筆者たち出版社サイドはさらに追い込まれていくことになります。
(続く)