『タイ買春読本』の発売後、市民団体からの抗議は予想外で、筆者らは大いにショックを受けたようです。
中でも「タイに行ったら逮捕される」「日本の警察からも事情聴取」「5万円で殺しを請け負う人もいる」等々の脅しは効いたようです。
少し考えれば、そんなことあり得ないというのはわかりそうなものですが、面と向かって言われると不安になってしまう気持ちは理解できます。
「エッ!エッ!そんなァ」と僕らはまたおびえてしまった。
タニヤで知り合った女性に恋して、文通と電話連絡を続け、タイ語も猛勉強。シルバーウイークに彼女を訪ねることになっていた執筆陣のひとりは「先輩はああいうけど、もしものことを考えると怖い」からと航空券をキャンセルしてしまった。それは少なからず執筆陣全員が抱いている脅えだった。
筆者たちは文書にて抗議文への回答をしましたが、双方の主張は話し合い当時と変わることはなく、年明けに再度話し合いがもたれることが決まりました。
その矢先、このことが新聞に報じられます。
『タイ買春読本』絶版求め抗議文/女性グループ
中堅出版社「データハウス」(東京都新宿区 鵜野義嗣社長)が刊行したタイの歓楽街の特集本「タイ買春読本」をめぐり、東京、千葉の女性運動グループや人権擁護団体が「タイ女性の性の商品化を助長し、日本人男性の買春ツアーをあおるものだ」と反発、18日に同社を訪れ、絶版と店頭回収を求める抗議文を手渡す。
1995年1月15日読売新聞
タイ外相、買春読本に抗議(バンコク16日共同)
タイのタクシン外相は16日、日本の出版社「データハウス」がタイへの買春ツアーを奨励した「タイ買春読本」を刊行したことに対し、日本政府を通じ同出版社に抗議すると述べた。この本は、タイのバンコクやチェンマイの売春地帯を紹介し、地図や電話番号、女性との間で必要なタイ語などを詳しく載せている。昨年9月に発売以来、初版の1万5千部をほぼ売り尽くし、出版社側は再販も検討中という。
タクシン外相は「われわれは観光客を歓迎するが、不健全なセックスツアーは望まない」と述べ、日本人読者にタイへの買春観光を勧めた本の刊行に不快感を示した。
1995年1月17日毎日新聞
(記事は本文中より抜粋したもの)
全国紙にタイ外務省──。話は国際問題にまでなってしまいました。前者の記事のポイントはあくまで「市民団体が抗議しますよ」というニュースで、当該団体のアナウンスに沿って取材された記事だということ。後者も団体からコメントを求められた関係機関がそれに応じたもので、あくまで抗議した人たちがプロデュースしたニュースだということです。
そして、記事に予告されたとおり18日に都内の出版社内で2回目の話し合いが行われます。
このときのやりとりは20ページ以上にわたって本編に収録されていますが、あまりに長いのでここでは割愛します。
内容としては、この本がルポであるのか違うのかや出版の意義などについての議論がなされていますが、それぞれの持論を主張し合い、言い争うだけにとどまっています。
この日も結論は出ずに終わります。
この日の話し合いの様子は翌日以降の新聞で報じられ、さらにはいくつかの雑誌でも取り上げられることとなりました。参考までに見出しのみ挙げておきます。
「タイ外相を激怒させた『買春読本』の過激度」(週刊新潮)
「政府・国民を激怒させた『タイ買春読本』出版の無神経」(週刊実話)
これらの報道をきっかけに、さらに日本全国のあらゆる団体からの抗議が出版社へなだれこみます。
状況は超アウェイ。通常であれば全面的に先方の言い分を呑んで絶版&商品回収へと舵を切っても誰も責められない状態です。それでも筆者たちは3回目の話し合いの場へと臨むのです。
ところが、それまでと打って変わって3回目の話合いは非常に建設的な空気だったといいます。そこであえて筆者側は改訂版の内容について団体側と共同で監修することを提案したのです。
話し合いで決まった改訂版の構想は次のようなものでした。
- これまでの話し合いにおいて、出版社・著者と団体が話し合ってきた内容を掲載する。
- これまで出版社と著者に寄せられた抗議文を掲載する。
- 「タイ女性の友」に、ボランティア団体としての地道な活動内容と成果、そしてタイ王国の売春女性の現状、日本で働くタイ女性の現状をそれぞれ同署〝改訂版〟にて報告していただく。
- そのうえで、同書本来の内容を残し、どこに問題があったのかを双方協力の上で考察する。
- 現地女性の写真掲載に関して、省くか本人と認識できない処置を施す。
(注)前述の通り、性風俗の女性には撮影許可をとり、取材謝礼もお支払いしているのであるが(旧版の写真を見ていただいた方であれば、それが隠し撮りで撮影できる性質のものではないことが、おわかりいただけることと思う)、僕らの取材に協力してくれた彼女たちが、〝正義〟の名の下に、表舞台に引きずり出されることは、僕らの望むところではない。
上記のような前提で『タイ買春読本』を全面改訂することを筆者側が了承します。
そして、代表者名で一筆を入れるのです。
1995年2/24
「タイ買春読本」に関して、改訂なくして再販はいたしません。
話し合いは友好的なムードのうちに終わり、この問題への解決の糸口がようやく見えたかに思えました。
しかし、事はそれではおさまらなかったのです。
(続く)