昨日の続きです。
前回の記事はこちら↓
〝買われる側の論理〟文字通り性の〝売り手〟である人々へのインタビューはまだ続き
ます。
「だまされて、だまして無一文」
パッポンの夜市が好きな筆者が、客引きに誘われてたまたま入った二階の場末感満載の
ゴーゴーバー。そこで出会ったのは大きなお腹で働く25歳のウイだった。
ベトナム人のウイは離婚を機に売春の仕事を始めた。紹介したのは義理の姉だったとい
う。250万円の借金を背負わされて日本へやってくる。わずか3か月で借金を返し、タイ
人女性を紹介する商売を始めて結構稼ぐが、入管の取り締まりに遭ってタイへ強制送還
される。
若い男との間に子供が出来て、パッポンで働く日々だが、子供を堕ろして再び日本で一
旗揚げる日を夢見ている──。
「入店四か月の〝老人専科(フケセン)〟ホステス」
タニヤでホステスになって四か月のアルン(20)はいかにも日本人好みの観月ありさ似。
入店してすぐに彼女の処女を買ったのは日本人。処女の値段は3000Bだったという。
その後、彼女を通り過ぎていった日本人の男は50人ぐらいだそうだが、
不思議と老人が多いという。日本の男性で嫌なところは「不潔なところ」だという。
「十三歳の私を買ったのは、日本人のバージン・マニア」
バンコクから飛行機でチェンマイまで1時間、そこから3時間半バスに揺られてたどり
着くチェンライは近年(この本が出版された92年当時)、開発が進むリゾート地で、
年々押し寄せる外国人も増えているという。
その中に、少女を求めて訪れる日本人も多いとのことで、置屋に勤務している13歳のナ
ーンにインタビュー。子供だから語彙が少ないのか、ほぼ単語だけの彼女の話を繋ぎ合
わせると家の借金を返すための自ら望んでこの仕事についたのだという。
初仕事の相手は日本人の男だった──。
「エイズの嵐に揺れる国境の町、メーサイから」
タイ北部、チェンライ県メーサイ郡には1200人を超すHIV陽性患者がいる。しかし、
これはあくまで氷山の一角で、あるデータでは売春婦200人を検査したら、半分以上が
陽性だったというデータもあるという。
ヴィラ(19〉は13歳から5年間売春婦をしていたが、17歳のときに結婚した。
夫婦ともにHIV感染が判明したのは妊娠6か月のとき。売春していたときは定期的に
検査していたので、感染は結婚後で、感染源は夫である可能性が高いのだ──。
「魔窟ヤワラーに立つストリート・ガール」
チャイナタウン・ヤワラーに夜な夜な立つストリートガールのブーン(19)。
チェンマイ出身でこの商売を始めて1年になる。
時間に縛られるのが嫌で、好きな時間に働きたいから、1本300Bの今の仕事は気に入
っている。避妊はピルを飲んでおり、コンドームはしないという。
◎現地発 ザ。ヴォイス
街角で拾った?〝声〟を紹介
以上が前半(ボリューム的には3分の2ほど)の内容です。
90年前後というと、すでに80年代に〝じゃぱゆきさん〟の問題が各所で取り上げられ、
出稼ぎ女性たちの奴隷的な境遇は世間に知れ渡っておりました。
また、91年は栃木県でスナックのタイ人ママがホステスたちに寄ってたかって殺される
という事件も起こっています。このときも出稼ぎ女性たちの悲惨なルポがあちこちに取
り上げられたことでしょう。
おそらく、この時代にはもう生半可に悲惨な話を取り上げても、見向きはされなかった
のではないでしょうか。直球のノンフィクションとしてはツラいところです。
そこで、この作品ではエイズの問題に焦点を当てたり、〝女性が買う〟という彼女の得
意なアプローチをしたりとひねりを加えています。
だから、多少ソフトな内容にもなっているはずなんですが……。
いやあ、この時代の話ってヘビーです。
これを読んだあとに『タイ買春読本』なんて読んだら、怒りたくなる気持ちにもなるか
も知れません。
ゴーゴーの話がほとんどでてこないけど、MPの話もないので、これをもってブラック
ではないとは言えないですね。
明日は「買う側の論理」を考察します。