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スワイパーの落日 (2)


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初めて訪れたカンボジアは、思っていたのとかなり様子は違っていましたが、

見るものはいろいろと刺激的で、タイではなかなか味わえないワイルドライフが息づい

ていました。

僕が行った頃にはだいぶ隠すようになっていたみたいですけど、

市場へ行けばマリファナがハーブの一種のようなノリで売っていましたし、

ちょっと前まで国を挙げて殺し合いをしていただけあって、タダ者ではない殺気を身に

まとったバイクタクシーの運転手などがごろごろいました。

 

首都プノンペンシェムリアップの間を結ぶスピードボートは、しばしば川賊に襲撃さ

れるというリアル・ジャングルクルーズでなかなかのスリルでしたし、

シェムリアップからシソフォンを経て西のタイ国境へ至るルートは、まだ自衛隊や電波

少年が舗装してなかったので、ピックアップの荷台に半日揺られてようやく踏破でき

る、暇なやつでないと通れないルートでした。

 

 

何より、内戦期間中には何人もの著名なジャーナリスト達が目指し、たどり着くことの

できなかったアンコールワットの荘厳さは、ふだん遺跡や名勝になどまったく興味がな

い僕にとっても、有難い光景でした。

 

そんなわけで、フツーに観光していることが多かったです。

バイタクは1日数ドルでチャーターできたので、アンタック崩れの優秀な人が余ってい

る時期もあり、重宝しました。

雨季には水の底になってしまう街道沿いに掘っ建て小屋みたいなのが連なって建ってお

り、乾期にはその小屋で涼みながら、ふかしたてのトウモロコシやひなの入ったゆで卵

をつまみにハンモックで昼寝する、というのがあって、よく連れて行ってもらいまし

た。

 

市内の置屋街とか、若いお姉ちゃんの集まるクラブなんかにも連れて行ってもらいまし

たが、やはり野趣に溢れすぎていて食指がのびません。

仕方がないので、スワイパーに通い続けますが、行けば行くほど〝買えなく〟なりまし

た。どうもあの布団が土でざらざらしたりしているのが生理的に駄目です。

奥まったところにある茶店のようなところで、コーラやビールをちびちび飲んで、

ちょっと時間を潰しては帰るといったことを繰り返していました。

 

茶店の軒先に座っていると、村に入って来る人間はだいたいわかります。

日本人は多かったです。茶店で顔見知りになり、行動を共にしていた人もいます。

東南アジアで働いている人が多かったですね。

ここに来る前に噂で聞いたような、〝居続け〟の客は見たことがありませんでした。

みんな、ショートでサクッと買って、帰って行く感じ。ロングで連れ帰る客もあまりい

ません。

 

結局、〝桃源郷〟を夢見たものの、ここにはないということがわかり、02年ごろを最後

にスワイパーへは行っていません。

しかも、しばらく行かないうちに、完全に〝趣味の世界〟に変貌をとげていたようです。

何年かぶりにバイタクで村へ入って行くと、なぜか人の気配があまりありません。

どこからか出て来た小学生ぐらいの男の子が「こっちだよ」という感じで手招きをしま

す。彼の後について、一軒の置屋に入ります。

がさごそと奥の方から気配がして、数人の少年少女が行儀よく並んでいます。

しかし──。ずいぶん若いんです。最年長のコで小学校高学年ぐらい。一番小さなコは

どう見ても〝幼児〟です。

「このコはSEXできるよ」的な説明をしているのか、少年は一人の少女を得意げに指

さします。

「いや、ちょっと待って、(もっと大人はいないの?)」と僕が慌てて断ると、

少年の血相が「信じられない!」とばかりに変わります。

「何ッ、もっと若いのがいいのか? ちょっと待ってろ……」

僕は早々に退散しました。

それ以来、スワイパーに足を踏み入れることはありませんでした。