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『ゴーゴーバーの経営人類学』を読む Reboot(3)~なぜタイは夜遊び天国となったのか~


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’70年代のNANA交差点。交番は今もあるやつだそうです。

 

 

美しい海だったり、手軽に食べられる美味しい料理だったりと、観光大国・タイの魅力は人それぞれにたくさんあります。その中でやっぱり外せないのは夜遊びの充実ぶりでしょう。タイが世界でも有数の〝オトナの遊び〟天国となったのはなぜでしょうか。

本書ではこれまでの研究者にほぼ共通するコンセンサスとして、ある研究者が指摘した4つの要因を挙げて説明しています。そのまま引用します。

 

1.伝統的な性的規範

2.経済発展、所得格差の拡大と女性の伝統的な役割

3.国際観光産業の発展とセックス産業の結びつき

4.ケア労働の越境・国際化と階層化

 

順番に見ていきましょう。

1.伝統的な性的規範

タイ社会での女性の役割には地域差があり、均質なものではありません。

しかしその中で、セックスワーカーの主な供給元である低所得層、とくに地方の農民のあいだには、第二次大戦以降ある種の〝二重基準〟が見られると本書は指摘しています。

タイにおいては一般的に女性は男性よりも社会的、政治的に弱い立場にあります。その力関係は仏教的な女性観に基づくもので、女性に生まれたこと自体が前世の功徳が足りなかったこという宗教観に根差しています。そしてそれが女性をダーティな仕事としてのセックスワークへ追いやる背景にある、とさえいうのです。

このような背景の下、もともとは上層階層に特有のものだった処女性を重んじる価値観が、メディアを通じて一般的になりました。

ある調査では男性の多くが相手が処女であるかを気にしている、という結果が出たといいます。女性が婚前交渉することは一般的にはタブーなのです。

その一方で男性が〝遊ぶ〟ことはむしろ奨励すらされてきました。実際に婚前交渉はあらゆる階層で行われいます。

つまり、〝処女と結婚したいけど、SEXする相手は必要〟だという俺ルールみたいに理不尽な二重基準が形作られてきたのです。妻・娘に貞節がもとめられる一方で、SEXを引き受けてくれる女性が必要になったのだ、といいます。

 

2.経済発展、所得格差の拡大と女性の伝統的な役割

戦後から’97年の通貨危機までタイの経済は右肩上がりに発展し続けてきました。

産業としてとくに発展したのは工業製品の輸出などで、その結果人口比ではもっとも大かった農業部門は衰退し続けて、都市と地方での収入格差は開くばかり。

その一方でメディアが垂れ流す都市生活は庶民の羨望の的となり、消費への欲望はまずますかきたてられるようになります。

自給自足で食べることには事欠かなかった農村でも現金が必要になりました。こうして北部・東北部の農民が出稼ぎ先としてバンコクへなだれ込むようになったのです。

 

1では女性が社会的・政治的に弱い立場にある、と書きましたが、タイにおいて男女間での分業がはっきりと行われているわけではありません。女性が積極的に経済活動をして家計を支えているケースは多いです。

過去の研究者も女性が経済的に高い地位にあることを認めています。それは、社会的・政治的に排除されてきたことの裏返しともいえるでしょう。

タイの女性の理想像は〝良き母〟なのです。それは母として子を産み、育てるだけではなく、経済面でも家庭を支えることも含まれています。

また、宗教的には女性は出家を禁じられていて、在家として息子を出家させる以外に仏教の実践に関わったり、功徳を積んだりする方法はない、といいます。

娘に対しても、社会的な地位を獲得するよりも両親に経済的に貢献することがもとめられるのです。このような期待を背負った女性たちが現金収入をもとめてバンコクなどの都市部に追いやられて行くのは自然のなりゆきといえます。

このように文化的・社会的な圧力によって女性は出稼ぎに出ることとなり、バンコクにおける移民労働者は男性よりも女性の方が多いという状況を招いているのです。

こうして都会に出てはきたものの、北部・東北部の農村出身者は中学校すらまともに出ていない者も少なくないので、できる仕事は限られます。あるていどまとまった額のお金を手にするには、高収入を得る可能性のあるセックスワークを選びがちになるのです。

 

 

3.発展する国際観光業とセックス産業の結びつき

観光産業は少ない投資金額と限られたノウハウの中で外貨獲得をするのには効果的な手段であることは、国際的にも認知されています。

東南アジア諸国で政府が先頭に立って観光開発に取り組むことはどこの国でもやっているます。米軍の駐留によって著しく観光インフラが整備されてきたタイではとくに外貨獲得の切り札として期待がかけられました。

政府が観光産業への助成や促進をはかってきた結果として70年代にタイの観光客数は増大しました。

この当時、タイ政府や航空会社のキャンペーンのターゲットは男性でした。

タイ女性のエキゾチックな魅力やホスピタリティをうたった宣伝があふれ、いわゆる〝買春ツアー〟がバンバン売り出されました。

こういったツアーは70~80年代にNGOなどから世界的に批判され、下火となりましたが、日本企業などの〝夜の接待〟の慣習は残りました。

そして90年代以降、自由旅行での旅行者が増大したあとも、旅行者たちの多くが性産業の顧客となり、外貨を落とし続けているのです。

 

 

4.ケア労働の越境・国際化と階層化

経済のグローバル化は国際的な労働市場を生み出しました。

とくに第2次産業ではそれが顕著で、各国に出来た工場が国際分業体制を生み出しています。そんな中で、開発途上国の女性労働者には家事労働に代表されるケア労働も国際分業が進んでいます。

アメリカの裕福な白人の家庭では、奴隷制の時代から有色人種を雇ってメイドやベビーシッターなどの家事労働をさせることは昔からよく行われてきましたが、近年ではフィリピン女性が出稼ぎでその仕事についています。出稼ぎ先としては欧州やシンガポールなどもあります。

 

タイの場合も海外で働く女性のほとんどが、家事や接客などのサービス労働に従事しています。このサービス業には看護・介護の仕事も含まれます。最近では日本でも外国人介護士や看護師の受け容れがされるようになりましたよね。

そして、セックスワークもこのサービス業の一種と言っていいでしょう。80年代には〝じゃぱゆきさん〟の名のセックスワーカーが話題となりました。

同様に、東南アジアでの観光産業の一部としてのの性産業の隆盛も、先進国で自国の女性たちでは人手が足りなくなったケア労働の輸出としてとられることができます。

著者がタイで出会ったツーリストには、日本のタイパブなどでタイ人女性のコスパの良いサービスを知ってリピーターとなった人が少なからずいたそうです。

80年代以降、出稼ぎ女性の入国が厳しくなったことも追い風となって、より良質で安価なサービスを求めて海を渡る旅行者が増大したことは、国際分業の一つの側面でもあるのです。

 

以上、ざっくりいうと「なぜタイは風俗天国になったのか」を本書で過去の研究者たちの研究から著者がまとめたものをさらにまとめてみました。

読解が足りない部分もあるかと思いますが、ご容赦を。

いっぱい字を書いてつかれました。しかもこれ、2回目だもんなあ。