『愛タイ!』最初の章はテーメー編です。本書のスタイルはルポルタージュ形式で著者が訪ねた先々で出会う日本人男性たちとのやりとりを中心に構成されています。
夜のスクンビットを著者が歩くシーンから物語は始まりますが、情景描写がなかなか秀逸です。
スクンヴィット通りの雑踏を歩く。歩道はびっしりと露店に埋め尽くされ、わずかな隙間をぬうように大勢の人々が押し合いへし合いしながら行き交う。すでに夜の11時を過ぎているというのに、人通りは増える一方だ。クソ暑い昼間の時間帯を避けて、猫やゴキブリのように、人もまた夜行性の生物になるのだろう。
(中略)道ゆく男たちのほとんどが外国人で、しかも男性の比率がやたらと高いのだ。異様な高揚感に溢れた男たちの目は、通りをキョロキョロと落ち着きなく見回している。その視線の行く先は……女。深夜のスクンヴィット通りを理由もなさそうに徘徊しているタイ人女性たちの半分以上はプロの娼婦と思われる。
そしてソイ15付近の『THERMAE COFFEE SHOP』、通称テーメーへ。
もとはMPの付属施設で61年の創業当初はMPで遊んだ客がくつろぐ場所だったが、米兵目当ての娼婦が入り浸るようになって現在のようなスタイルの店になり、MPがなくなって現在の場所に移転して今に至る、という歴史が語られます。
入口近くで飲み物を買って店内へ足を踏み入れたときの描写がまたスゴイです。
壮観、圧巻、快感!
勢ぞろいした大奥女中に迎えられる殿様、ハレムに暮らすスルタン、あるいは喜び組の美女に囲まれた将軍様の気分とでもいったらいいのだろうか?先祖代々が庶民の、俺のような者がこんな体験をできる場所をほかに知らない。
世界中の女は俺のもの。世界が俺を中心に回っている。そんな錯覚すら覚える。とにかく初めてこれを体験したときには、俺の人生の10大ニュースにランクされるぐらいの衝撃だった。
入口脇の飲み物を買うカウンターから店の奥に足を踏み入れたときの、左側にびっしりと女の子が立って並んでこっちを見ていて、右側も人でごちゃごちゃしているところだと思われるのですが、明らかに言い過ぎです。でも、こういうのって書き手が冷めてたら盛り上がりませんからね。
ひとしきりあってから、タイにはまっている日本人男性たちが次々に登場します。一人ずつプロフを簡単にまとめてみましょう。
①植田君……36歳、大手企業勤務で著者の知人。腹は出ているが容姿はそれなり。観光ガイドを丸暗記して旅のベテランである筆者にウンチクをたれるという空気の読めない人。彼女いない歴10年以上。著者に連れられて来た初テーメーでくみしやすしと読んだ女に即行ゲットされてホテルへ。そのまま翌日まで一緒に過ごし、2年後、結婚する。女の家族構成を知ったのは結婚式の前日で、実際の年齢を知ったのは結婚後だった。
②加原君……24歳。著者とはテーメーで知り合う。坂口憲二似のイケメンだが、大学までラグビーひとすじだったため、女性にあまり免疫がない。大学卒業後、半年ほどタイでぶらぶらしていたことがあり、そのときつき合っていたテーメーの女が忘れられない。現在は日本で就職しているが、口ベタゆえに日本の女にあまり相手にされず、元カノの影を追ってバンコクへ来た。傷ついた心を癒すため、推定40過ぎのベテラン嬢を選んでホテルへ消える。
1時を回り、小腹が減った著者は店から出て屋台で腹ごしらえ。そろそろテーメーも閉店。テーメーが閉まると出会いの場はソイ7あたりまでにかけての屋台などに移るといいます。以前はテーメーからソイ3のグレースホテルへ移動する人の列ができたほどだそうです。そんな話初めて知りました。
著者が訪ねた夜も昔ほどではないものの、そんな〝民族大移動〟が見られました。その中に知った顔を発見します。
③金沢さん……4年前に著者がバンコクで知り合った40歳会社員。閑職に追いやられたのを幸いに有休を使いまくってバンコクやフィリピンで遊びたおしている。貧相な体格なわりに性欲が強いがマグロで素人童貞。ゴーゴーやテーメーを徘徊するが、ペイバーできずに彷徨う。グレースでがぶりよって来た関取のように丸々太った女性を連れて帰ることに。彼は自分を〝選んでくれる〟女を待っていたのだった。たとえそれが営業だとしても。
翌日、金沢さんのその後を心配しながらも、著者はまたテーメーへ。常連の武田さんと会っていろいろと話す内容がこの章のまとめ。
④武田さん……推定60歳、テーメーの常連。バンコク在住でタイ人の奥さんがいるが、奥さんの「テーメーなら後腐れないから許す」のお墨付きのもとテーメーに通う。
テーメーに立つ女たちは、大半が連れ出されることなく手ぶらで帰って行く。フツーの仕事をしたほうが、まだお金になりそうな気もする、という著者に武田さんは「勘違いしているコが多いんだろうね」と答える。
日本人は皆スゴイ大金持ちだと思っているから、一攫千金を狙ってただ立ち続けていると、また農村出身の彼女らが日本人と出会うことができるのは、ここだけだからと、言うのでした。
07年……まだ日本人は金持ちだったんでしょうか。そりゃあ、ここ最近よりはまだましだったような気もしますが。90年代みたいにペイバー連チャンでできるような破壊力はもはやその頃の¥にはなかったというのが僕の印象です。
そもそも、本書では物価の換算がやや大げさに思えます。日本とタイのマッサージの値段を比べると12倍だというので、ロング3000Bを12万円で換算しちゃったりしているんですが、マッサージでくらべちゃいかんだろうと思います。
まあ、植田君も加原君も金沢さんも何となく自分の身に覚えがある部分はあったりしますがね。テーメーの女たちに関する観察眼もなかなか。勉強になります。