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『ゴーゴーバーの経営人類学』を読む (30) ~男性客が魅せられるもの~


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Cascade』ここもLB店(facebookより)

 

 

ゴゴ嬢をはじめとするバーガールたちがゴーゴーバーに魅せられるのは、そこが仕事と遊びのごっちゃになった現代的でシャレオツな魅力を持った空間だと感じているからだ、というのが前章までのお話でした。では男性客の場合はどうなのでしょうか。

 

男性客の側も必ずしも〝えっち〟目的でゴーゴーを訪れているとはいいがたいようです。ゴーゴーは建前上では飲食店の一種にすぎませんが、訪れる人も、むしろペイバーする人は少数派と言えるでしょう。

それはMPやエロマなどのほうがシステムも明瞭でありサービスも期待できるため、本当にえっちなことがしたい人はそちらを利用する傾向が強いからです。とくに長期滞在者ではそれが顕著で、短期旅行者の場合でも早い時間はそちらに行ってその後ゴーゴーやカラオケに流れるパターンが多いようです。

 

 

ではそれでも人々がゴーゴーバーに訪れる理由は何なのか? 〝えっち〟そのものへの関心以外でいえば、非日常的な楽しさでしょう。多数の女性の裸体を眺めながら酒を飲む、あたりの女のコに手当たり次第声をかけてもお尻を触っても怒られない、日常の社会では考えられないシチュエーションです。また、相手は言葉も文化も違うタイ人なので、何が起こるかわからない、少し危険な楽しみもあるかも知れません。

さらに多くの男性客は、バーガールにコミュニケーションを求めることが多いようです。タイ語ができなくても、片言の英語や指差し会話帳で女のコと話をしようとする客は、ひたすら黙ってステージをガン見している客よりも多いのではないでしょうか(僕は後者ですが)。

とくにリピーターの場合は馴染みのバーガールがいるため、単に女のカラダ目当てにやってくることはさらに少なくなる傾向があります。そこではその場を楽しく過ごすことが一番の目的であり、むしろ客というよりは、バーガールたちのように仕事とプライベートの境界がごっちゃになったお友達空間に近いものなのでしょう。

こうした意識はしばしば友愛を超えたツルーラブに発展することも少なくありません。時には結婚に至る場合もあるのです。

 

 

【ケース15】

山本は年に10回近くタイを訪れる典型的な〝タイ好き〟日本人だ。30代後半で自営の仕事をしており、妻子はいない。

比較的時間が自由になるので、タイを頻繁に訪れることができる。年末年始を除けば毎回1週間程度の長さだが、その間数多くのタイ人女性と接触を持つ。

タイを訪れている間の典型的な1日は、まず昼頃に起床。ゆっくりと食事を済ませて部屋でくつろいでから(このとき前日にベッドを共にした女性がいることもある)、ラチャダーやペップリ―のMPへ。夕刻に混みだすまでに訪れる。

その際、これまでに知り合ったタイでの遊び仲間(日本人)と連絡をとって連れ立って行くこともある。仲間とはふだんから連絡を取っており、タイに行くときにはスケジュールを互いに知らせ合う。仲間は在住者もいればふだんは日本にいる人もいる。

山本は〝えっち〟をするのは基本MPだと決めている。決まった金額(しかもリーズナブル)で内容の濃いサービスを受けられると考えているからだ。

MPを出たあとは、ゴーゴーやカラオケクラブに繰り出す。夕方になると山本の携帯にはカラオケのホステスやゴゴ嬢からの営業電話がバンバン入る。山本は日本にいるときもなじみの女性には連絡を入れて、訪タイ時にはスケジュールを知らせてあるのだ。

その後は毎晩夜中の2時まで、女たちにあちこち引き回される。以前は必ず一人はお持ち帰りしていたが、最近ではそれはしない。観光客が行かないような飲み屋や女性たちのアパートへ行くほうが〝えっち〟よりも面白いと思うからだ。

そのぶん女性たちにメリットがあるように、飲食代金やちょっとした買い物などには気前よく払うことにしている。また、自分から〝えっち〟のオファーはしないが、女性が経済的に困っているようであれば、断らないという。

あからさまに金ヅルとして扱われると気分が悪いが、友人として頼ってくれるのなら期待に応えたいと思っているのだ。

 

 

このように、男性客がバーガールとの間に金銭を介さない関係を志向する背後には、自分の性的魅力やマッチョな男らしさを確認しようという心理が働いている、と著者は指摘しています。それは家父長制的なジェンダー像への憧れであり、日常の社会でそういった家父長制システムが揺らいでいることへの反動だというのです。

たとえば、オーストラリア人男性が東南アジアへのセックスツーリズムに走る背景には、オーストラリア社会で家父長制的な秩序が崩壊しつつある現状が指摘されているのです。男性から伝統的な男としての役割、存在感、力が奪われていることにより、自らのアイデンティティを保つためにあがいているのだといいます。

 

日本においても、上野千鶴子先生は「男女の性交渉に際して女性がかつてのように受動的でのみあろうとはしなくなったため、女性と性交渉を持つにあたって男性の心理的負担が増している」と指摘しました。

その一方で、AVをはじめとするあらゆる媒体のポルノでは攻撃する男VSそれを受ける女、の図式であふれており、女性に対して男が常にマッチョな存在であることを迫っています。このような脅迫意識から逃れるため、時として男性は女性を〝モノ〟化して扱うようになります。劣等感や圧迫感から、女性と正常に関係を築けないというくびきから逃れるためには一種のオナニーに耽るしかないのです。いわゆる買春はそんな逃げ道の一つだといいます。

しかし、ゴーゴーバーの場合は、〝えっち〟相手のモノ化ではない、と著者は言っています。それは自分が優位者であり相手に対して一切のコンプレックスがないからで、つまり差別意識が根底にあることは否定できないというのです。

タイ人一般に対して欧米人や日本人の男性が抱く政治社会的な優越感の幻想は、バーガールたちを相手にしたときにジェンダー的・セクシュアリティ的なものに拡大されていくと著者は結論づけています。

以上のように、バーガールにしても男性客にしても、ゴーゴーバーという場にやってくる動機は必ずしもカネと色欲というだけでなく、その他の楽しみやコミュニケーションを通じた、必ずしも経済の論理だけでは割り切れない関心なのです。

 

 

いやあ。男性客には無意識的にゴゴ嬢への差別意識がある、というくだりはちょっとショックな指摘です。表立っては意識してないけど、確かにそういう部分もないではないから、気安く接することができる、というのはありますね、たぶん。

学術畑の人って、こういうデリケートなこともズバッと言っちゃうから苦手ですw

今回は自分で書いていて、なかなか心が痛かったです。ケーススタディから後ろ、飛ばしちゃおうかと思ったぐらい。

でも、自分としては自国内での憂さから逃げているのではなくて、より非日常でハッピーな場をもとめてタイに通ってると言いたいです。今はさほど感動もないけど、昔はあの場にいるだけで何だか幸せだったし。

まあ、言い方だけでもポジティブになwww