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よるのたび ホーチミンシティ・ナイト(1)ベトナムへ


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慿祥駅のホームにて。

 

 

※02年、沖縄からヨーロッパを目指す出来るだけ地続きで移動する旅です。

 

ベトナムへやってきました。

海南島から南寧へ行くバスに乗り、南寧から鉄道に数時間揺られて慿祥という町に着きました。ここから徒歩で国境を越えるとベトナム側のランソンという町。

ゲートから少し離れた場所で客引きをしていたミニバンに積まれてさらに数時間走るとハノイです。

実はハノイでは国境で知り合った若い日本人と同宿でした。慿祥の駅のホームで米兵がかついでいそうなずだ袋を背負ったショートパンツ姿の青年を見かけました。日本人オーラがムンムン出ています。しかし、僕はなぜか一人旅中は〝日本人と話したくないモード〟になってしまい、日本人を見かけても自分からは声をかけられなくなるんです。

だから、このときもスルーしました。

すると、国境までの坂道を歩いているときにその青年のほうから「日本人ですか」と声をかけてきたのです。

ヤスと名乗った青年は22歳のフリーター。ボルダリングが好きであちこちの岩壁を登って歩いているのだそうです。当然ですが話すとすごくいいやつでした。

すっかり意気投合してしまった僕たちは一緒に国境を越えてハノイでも安宿の個室をシェアしました。ヤスはしゃべり方がおねえっぽいし、毛が少なくて肌がつるつるしていてどこか両刀使い疑惑がぬぐえなかったところと部屋でマリファナをバンバン吸うところが少々難でした。しかし、それ以外はとくに不満もなく、2~3日すると彼は次の町へ旅立って行きました。

 

僕はといえば、ハノイには数日間滞在し、町の中心部などをひたすら歩いて回りました。

ナイトスポットとしては最新鋭のクラブなんかは何軒かありましたが、とくに入り浸ることもなく。そういうクラブ(アクセント後方)はつき合いでは行きますが、1人ではねえ。

目に付くあたりでは夜の盛り場っぽい場所も見当たらなかったもので、夜は比較的大人しく過ごしました。

事前に聞いた情報では、首都だからあまりいかがわしい場所はない、とのことでしたが、あちこち探してみればあったのかも知れません。

 

少し先を急ぐことにして、ハノイからは有名なシンカフェのバスでホーチミンへと一気に南下することにします。シンカフェのバスはオープンチケットで途中の都市で自由に乗り降りできるため、勿体ないといえば勿体ないんですけどね。

バスは20人乗りぐらいのマイクロバスで、デブのファランもみっちり乗り込んでいたため、ぎゅうぎゅう詰めでした。いちおうエアコン完備なのですが、陽射しの強さ、車内の人の多さ(しかもデブが多い)さらにそもそものエアコンのパワー不足のせいで昼間などはまったく効きません。じっとしていると暑くて汗がじんわりと滲んできます。

1日何回か、休憩でバスから降りられる時間だけが一息つくことのできる時間でした。しかし、その間のトイレと食事を済ませなければならないのでバタバタでしたが。

 

途中の山道などで擦れ違う一般市民たちの乗ったバスは僕たち以上に人が乗っており、窓から人がこぼれ落ちそうな勢い。窓全開なのでたぶんエアコンなんてないのでしょう。公共交通を利用してのガチ旅だとそんなのに乗らなければならないのです。

それを見て(あれと比べればこっちはまだツアーバスなんだから)と、自分を励ましたものです。

 

そんな感じで2泊3日バスに揺られてかつての南ベトナムの首都であるサイゴンことホーチミン・シティに着いたのです。

 

 

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