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よるのたび ホーチミンシティ・ナイト(6)宴の夜の後日談


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『Apocalipse Now Saigon』

 

 十数時間飲み続けた狂乱の一夜が明けた日の夜。

僕とY氏、Sクン、そしてヤスの4人は円卓を囲んでいました。

中越国境で知り合ってハノイで何日か同宿だったヤスとバッタリ再会したのはホーチミンに到着した日、安宿街のファングーラオ通りでした。

僕たちは偶然の再会を喜び、またホーチミンで宿をシェアしていたのです。

 

この日の昼、僕は昨夜朝方まで出歩いていた疲れで、ヤスはフツーにいつもの生活習慣なんでしょう、二人とも出かけずに部屋でごろごろしていました。

Y氏に昨夜のお礼を一言と携帯に電話してみたのですが、電源がずっと切れている状態で通じませんでした。

そろそろ腹も減ってきたので起きようかと思っていると、誰かが部屋をノックします。

ドアを開けるとそこに立っていたのはビジネススタイルのSクンでした。

「Yさんが部屋を取ってくれたから移れってさ」

何と安宿ずまいの僕たちを不憫に思ってホテルを用意してくれたというのです。

しかも、Y氏やSクンからすれば見ず知らずのヤスも一緒に。

 

僕らは慌てて荷造りをして(とはいえバックパッカーなので荷物はそんなにないです)Sクンが乗って来たタクシーに同乗し、街の大通り沿いにある大きなホテルにチェックインさせられました。

昨晩5軒目に行ったホテルほど豪華ではありませんが、JTBあたりのツアー客が泊まりそうなちゃんとしたホテルです。

たぶん部屋代は僕たちが泊まっていたゲストハウスの10泊ぶんぐらいは取られそうです。

 

そして、僕たちが部屋に落ち着いたのを確認したSクンは、夕方に再び迎えに来るから、と言い残して会社へ戻って行ったのでした。

しかし、ゲストハウスのツインルームって気にならないのにフツーのホテルのツインに男2人で泊るとなんか恥ずかしいのは何でだろう?

 

そして夕方、迎えに来た車にヤスと一緒に乗って、連れて来られたのがこの中華料理店だったのです。

 

「いやあ、昨日の夜の女に携帯を取られちゃいましてね」

Y氏は横に侍らせたチャイナドレスの女に殻をむいた前菜の海老を食べさせてもらいながら、昼間連絡がつかなかった言い訳をします。

その絵面、完全に悪者なんですけど。悪の組織のボスみたいになってます。

「で、どうしたの?」

かく言う僕もすぐ横にぺたりと侍った女から箸でつまんだ一口ぶんのクラゲを差し出されて「あーん」なんてしちゃっています。

僕たち4人の横にはそれぞれ1人ずつチャイナドレス姿の女性が。計8人でテーブルを囲んでいました。そう、本日の1軒目はノーハンドレストランだったのです。

ナンパには慣れているのでしょうが、まだ若くてこういう店には不慣れであろうヤスはかなりキョドっています。

 

「女をとっつかまえて携帯を取り返すのに苦労しましたよ」

えへへ、と笑うY氏。その女の命は無事なの?とツッコみたくなります。

 

「ねえ、君たちってホモカップルじゃないよね」

Sクンがやや遠慮がちに僕とヤスを見ながらそんなことを聞いてきます。

「違うけど……何で?」

「いや、変な靴下をおそろで履いているからさ、Yさんとそんな話をしていたんだよ」

足首下までの丈しかないスニーカーソックスが流行り出したのはこの2~3年の頃だったと思います。たまたま僕たちは二人ともその靴下を履いていたので、Y氏とSクンはおそろの変な靴下だと思ったみたいです。

 

まあ、ホモっぽいっちゃ、ホモっぽいですけどね。

ところでずっとかいがいしく食べ物を僕たちの口に運んでいるこの女性たち、その気になれば連れ出せるそうなんですが、この日の僕たちはとりあえず食べさせてもらうだけ。おさわりすらしませんでした。ヤスがいると何か照れるんですよね。

Y氏だけは片手をずっと隣の女性の太腿でさわさわしているようでしたが。

 

「じゃあ次、行きましょうか」

例のY氏の音頭で繰り出した2軒目は映画『地獄の黙示録』をモチーフにしたクラブ(アクセントはブ)でした。若いヤスに気を遣ったのでしょう。

まだ早い時間ですがフロアはすでに若者や外人でごった返していました。派手な服装の女性もちらほらいます。

4人で席に着くと店にいた年増女がY氏に何やら話しかけています。どうやらこの店にたむろして客を引く商売女のようです。

最初は顔をしかめて追い払おうとしていたY氏でしたが、何やら女に囁かれて「えっ?」という表情に変わります。

やがて「悪いけど、今日はここで」と言って席を立つと、女と連れ立ってどこかへ行ってしまいました。

 

ぽかんとしてY氏の後姿を見ていた僕とヤスにS氏がこぼしていました。

「あ~あ、Yさんあの女にもこの前携帯を取られてるんだけどなあ……」

何度盗られても、必ずそれ以上取り返して太く生きて来たY氏の生き様を少し垣間見たような気がしました。

(この項終わり)

 

 

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