ドアを開けた途端に中にいた男女全員の視線が突き刺さりました。
色白のくせにほっぺただけバカ殿みたいに真っ赤にした若い男が、 傍らの女に何やら冗談めかして言うと、一同どっと笑う。なんかムカつくな。
入り口を間違えてホテルの食堂に入ってしまったのかな。
その場にいる誰が従業員で誰が客なのかわからないので、全員相手に聞いてみます。
「ここはホテルではないのですか?」
あきらかに連中の中で一番酔っぱらっているバカ殿が僕の質問には答えず、口を開きました。
「ホテルを探してるのか?じゃあ、うちのホテルに来いよ」
「1泊いくら?」
「15ミリオンだ。テレビもシャワーもついていて、いい部屋だよ」
トルコの通貨単位はトルコリラですが、当時のトルコはインフレがひどくてゼロの数がえらいことになっているため、みんな百万で区切って〝ミリオン〟とまるでそういう通貨単位のように使っていました。
つまり15ミリオンは1千5百万トルコリラ。当時のレートのデータがありませんが、千円ぐらいだったと思います。
ここでインド人だったら「今日はお祭りでユヴァンは休みだ」とか、
「ここは満室だからオレの知り合い(全然知り合いではなかったりする)のホテルへ行こう」 とか、細かいウソにいちいち不快な思いをするところです。
男はかなりいい感じに酔っぱらってますが、そんなに悪いやつには見えません。まあついていくだけなら問題はなさそう。
だからといってぼったくられないという保証はないですが。
僕はいちおう「ユヴァン」を探してたんですけど、 そこに泊まらなければならない理由はもちろんありません。値段も聞いていた「ユヴァン」のそれより安いし。
とりあえず、部屋を見せてもらうことにしました。
「OK、じゃあ案内するよ」
男はジョッキに残ったビールを飲み干すと、 さっきからかっていた女を促して三人で店を出ます。
女は少し肌が浅黒いんですが、 工藤静香似でなかなかの美人です。
襟足を刈り上げていて、髪型がワカメちゃんみたいで変ですが。(笑)
二人はキャッキャとふざけあいながら腕を組んで石畳の坂をくだって行きます。
重いバックパックを背負ってあとに続く僕。 何か面白くないスリーショットだ。
二人が入って行ったのは坂の途中に建っている4~5階建てのホテルでした。
部屋を見せてもらいます。
日本だったら粗大ゴミでも捨ててないような古い14インチのテレビとベッド。
作りつけの鏡台はありますが、 クローゼットの代わりは針金のハンガーが2本壁にぶら下がってるだけ。
シャワーに至っては部屋の隅を無理矢理仕切った簡易シャワールーム。
しかも天井が開いてるので、シャワーを浴びると部屋中湯気だらけになると思われ。
お世辞にもキレイとは言えません。しかし 日本を出て3ヶ月、もっとひどい部屋に何度も泊っています。テレビと共同でないシャワーはぜいたくな部類に入ります。
(荷物を背負ってうろうろするのも疲れたしなあ。ここにしようかなあ。)
部屋を見た僕の表情が明らかに曇ったのがわかってしまったのか、
「13ミリオンでいいよ」
と、男は勝手にディスカウントしてきました。
その声に押されてここに決めてしまいました。
13ミリオン、つまり1千300万トルコリラ(1000円弱)前払いで男に渡します。
「ところで」 トルコリラの札束を数えながら、男、ちょっと意味深モード。
「さっきのコ、気に入ったかい?」
「うん。綺麗なコだね」
「彼女はウズベキスタンから来たんだ」
「ふうん……」
「よかったらあとで部屋に行かせるけど」
え?
(続く)
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