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『タイ買春読本』研究(その13)抗議の一部始終(3)


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謎の『第3版』。表紙英文ロゴの違いに注目



 

第3回目の団体との話し合いで、抗議団体側とも協力のもとに全面改訂版を作成してはどうか、という案が出され、その線で建設的な話合いが行われたそうです。

 

しかし、後日になって団体側からは「やはり絶版というスタンスは譲れない」という通告があり、その上で文書による正式な回答を促されるのです。

 

筆者は迷いましたが、3回目の話し合いで団体側との間に話し合える余地を見つけたことに関しては一縷の希望を持てたようです。考えたあげく、次のような文書で団体側に回答しました。

 

タイ女性の友 M様 御一同様

拝啓

 ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、私どもの『タイ買春読本』に関しまして、皆様方のご抗議に対するご返答が遅れましたこと、大変申しわけありませんでした。

 正直なところ私自身は、未だにこの本の存在意義を信じて止まないのですが、タイの女性の方々に対する、皆様方のご努力には動かされました・

 データハウス、鵜野社長より通知が届いているかとは思いますが、改めて前書『タイ買春読本』を絶版とし、全面改訂版として執筆し直すことを、ここにご報告いたします。

                                   敬具

以下、全面改訂版の内容の詳細を含む進行表とそれに対する協力のお願いを添付したとのことでした。

 

 

〝絶版〟とは言うものあくまで〝初版本の絶版〟であり、全面改訂版の執筆を前提としたものでした。その点に関して本書の中で以下のように書かれています。

 

「それまでにまとめていた改訂版の内容は、初版本とは装いを一新している。もはや、初版本は残す影も薄い。である以上、事実上絶版である」

 

筆者側としては最大限の譲歩であっただろうと推測できます。しかし、本書の絶版はもちろん自主回収まで迫っている団体側にとってみれば詭弁にしか取れないでしょう。

団体側からの返答は以下のようなものでした。

 

1995年3月15日付けのお手紙についてお返事いたします。

荒木さん(注・筆者代表)は「この本の存在意義を信じて止まない」とのことですが、この本によって傷つけられた人たちに対してどうお考えなのでしょうか。(略)今回の絶版決定が「タイ買春読本」の問題の本質を理解したうえでの処置なのか、疑問に感じます。

(略)

 また、新書の進行表を拝見しましたが、後半部分は前書の内容が引き継がれており、全面改訂版の趣旨を理解することができません。本のコンセプトはそのままではないかと感じています。つまり、買春は買う側の問題であるという認識が欠けていること、女性をお金で買った自分たちの行為について、何の自省もみられないということです。

 したがいまして、全面改訂版に関し、私たちは協力するつもりは一切ありません。

 こうした本が日本人男性の無恥ぶりをさらすものであり、そのイメージを大きく傷つけていることに気づかれたらどうでしょうか。

                       1995年4月15日 タイ女性の友

 

まあ、そりゃあこういうことになるでしょうねえ。

団体側が協力を拒否した結果、〝全面改訂版〟の編集方針は変わったのかどうか、ここでは知ることはできません。

 

 

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初版(左)と改訂版

では実際に初版本と改訂版の違う点を見てみましょう。

目次を比較すると、基本的な構成は同じです。

しかし、ページ数にはわずかに違いが見られます。例えば初版だと「ゴーゴーバー編」は65Pありますが、改訂版では50Pとなっています。

具体的にどこがカットされているのか、わかったのは「パッポン」のエピソード中のベッドシーンが一部割愛されているぐらいで、その他はよくわかりませんでした。

1Pあたりの行数が詰まっており、そのぶんページ数が減ったものと思われます。

 

「タニヤ編」などはほぼほぼ内容は変わっていないと思われます。「MP編」では「ベルンダ」のエピソードがまるっとカットされています。

チェンマイ編」は初版で56Pあったものが改訂版では半分の28Pに。しかしながら本編で触れたように非常に内容の薄いパートなのでそれほど違和感は感じません。

 

各章の終わりに「ジアザーサイド・ストーリー」というコラムが入れられるという構成になりました。内容は「ゴーゴー・ダンサーがうちあけた『大変なこと』の内味」「タニヤとじゃぱゆきさんの因果関係」など、取材こぼれ話的なもので、記事に厚みを感じさせますが、無くても別にどうということのない内容です。

 

こうして、ざっと比較したところでは、カットされた部分も単に長いからカットされたという意味合いが大きそうです。

逆に「これヤバいんじゃない?」と思ったタイトルなどはさらにヤバそうなテイストになっていたりする部分もあり。

「熱いトタンの屋根の下で出会う愛らしき子猫たち」→「愛らしき子供たち」とか。

置屋の記事のタイトルで〝子供〟ってw

 

一番の相違点は巻末の「抗議の一部始終」の部分と掲載の写真がすべて反転されちゃったところぐらいでしょうか。

「何も変わっとらんやんけ」と団体に怒られるのもいたしかたありません。

 

そして、もう一点きになるのが3冊目の存在です。

この〝3冊目〟がそもそも僕が持っていたもの。

書店で買ったものではなく、知人からもらったものです。

奥付けには「1995,Printed in Japan」とあります。

 

これ、今回初版、改訂版と揃えて比べてみた結果、初めて判明したんですが。

初版とまったく同じ。なんです。

どういうことなんでしょうか。

 

改訂版を出してみたけど、その後もモメたからケツをまくって初版をもう一度刷ったのか。

改訂版が出たので本来日の目を見るはずのなかった〝幻の再版本〟なのか。

 

わかりません。

もはや調べる気もありません。

団体側の資料を見れば、そのあたりもわかるのかも知れませんが。

 

 

最後に、改訂版のまえがきに、良い言葉がありました。

現在に至るまでタイを愛する(?)者として、この言葉を胸に刻みたいと思います。

 

「一方の私たちは──売買春行為そのものは〝良い〟〝悪い〟と決めつける性質のものではない。個々の人間の〝好き〟か〝嫌い〟の問題であると認識しています。(略)

 また私たちは性風俗産業の仕事を《醜業》とは思っていません。(略)それを好み、また必要とする男女の需要と供給のバランスのなかで、古来からあるひとつの職業としてとらえています。当然、売る側の人と買う側の人のあいだに〝職場恋愛〟や〝職場結婚〟が生じても、不思議ではありません」

 

『タイ買春読本』はまだ『G-DAIARY』さえなかった時代にタイの関する情報を教えてくれた数少ないメディアの一つであったことは間違いありません。

しかし、実際にこの本を読んで衝撃を受けたかどうか、もう一つ記憶が定かではないんです。

確かに当時この本も読んでいるんですが、一番記憶に残っている記事はこの中にはないんですよねえ。パタヤの情報もあった気がするし。

どなたかご存じの方がいたら、教えて下さい。