「一緒に旅行でも行けば?」
思いもよらなかったブンくんからの提案。
確かに。一晩一緒に過ごせば否応なくそういうシチュエーションになるはず。
もしも嫌だったら最初からOKしないだろうし。
何で思いつかなかったんだろう。ゴゴ嬢と一緒にリゾートに行くなんてゴーゴー遊びでは定番なのに。まあ、ナットはゴゴ嬢じゃないけど。
さっそく、その夜『Apocalypse now』に行き、ナットに旅行を提案します。
「泊りで旅行? うーん……」ナットは何やら少し考え込んでいるようです。
(こりゃあ、ダメかな……)ディスコへ行こうと言ったときよりもあきらかに彼女の反応が鈍いので、僕は半分あきらめていました。しかし……。
「オーケー」
なんて僕の目を見てにこっと口角を上げるではないですか。
薄くてきれいな唇の片端だけをちょっと上げる彼女の微笑みはまさしく〝アルカイック・スマイル〟でした。
しばらくの間、僕の周りを天使がぱたぱたと羽ばたいて祝福していました。
翌朝、キャピトルのカフェで待っていると珍しくワンピース姿のナットがトートタイプの布のバッグを提げてやってきました。
初めて明るい場所で見るナットはいつもより小柄で色黒に見えました。
シアヌークビル行きのツアーバスに乗り込み、出発です。
乗客は大半がファランの若い男女でした。ナットはなんとなく心細そうで車中ではほとんど黙り込んでいました。
かろうじて道路は舗装されていましたが、緑の山々をぬうように走る一般道です。
途中、バスは茶店みたいな場所で停まって乗客は各々昼食をとり、シアヌークビルに着いたのは夕方でした。地図で見たら近くに見えたんですけどね。
シアヌークビルはプノンペンの南西約200㎞、カンボジアで唯一大きな船が着岸できる港がある場所で、ビーチリゾートとしても有名。と、「地球の歩き方」に書いてあったんですが。
ビーチリゾートっていったって誰のためのビーチリゾートなんだかっていう感じです。
数年前まで、この国は内戦状態で外国人観光客なんて来れるような場所じゃなかったはずだし、カンボジア人だって遊んでいる場合じゃなかったはず。内戦以前に開発されたのかな。ともかく美しい白砂のビーチがいくつもあるみたいです。
この当時はあったのかどうかわかりませんが、最近では沖にあるロン島で過ごすのも人気みたいです。カジノも出来ているらしい。
バスはビーチからそれほど遠くないゲストハウスの前で僕たちを降ろしました。
街の中心部からは少し距離がありそうです。
とりあえず今夜の宿を取らないと。このあたりは何軒かゲストハウスがある場所らしく、バスに乗っていたファランたちは思い思いの方角へ散っていきます。
とりあえず僕は目の前のゲストハウスに泊まれるかどうか聞いてみることにしました。
掘っ立て小屋みたいな建物に入っていくとフロントがありました。
中にいたカンボジア人の若い男に「泊れる?」と聞くとオーケーだと言います。
「………」ナットが僕の背中をつついて何か言っています。
「ん?」と振り返って聞き返すと……「1room for me」と。
な~にい~~~っ
「1人で泊まりたい」と?
まさかの別部屋宿泊? まじすか。
しかし、ここで怒ったら台無しな気がします。
僕は必死で動揺を取り繕います。このショックをフロントのお兄ちゃんとすぐそこでチェックインを待っているファランの男2人連れに気取られてはならない。
「オーケー^^」
何とか3秒ほどで立ち直った僕はナットに頷きました。
少しホッとした表情に見えるナット。(そんなに同部屋が嫌だったんかい!)とツッコみたくなりますが、こらえます。
そして個室2つぶんの料金を払い、それぞれの部屋へチェックインしました。
(続く)
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